管理人である私が実際に書いた融資稟議書の舞台裏をご紹介します。
「借りてあげるからおいでよ」
映画やドラマの撮影時に利用されるいわゆるロケバスや撮影器具等をレンタルするO社の社長より先日電話がかかってきました。
「ちょっとおいでよ。お金借りてあげるからさ」。
私は「お金借りてあげるからさ」という社長の言い草が気になったものの、自分自身の融資の目標に少しでも近づけたいという思いもあり、数日後にO社に出向きました。
社長からは「お宅から借りている金額もずいぶんと少なくなった。あなたもノルマがあるでしょ。5,000万円ぐらい借りてあげるよ。いまどき5,000万円も借りてくれる担当先なんて無いでしょう」と相変わらず、高飛車な言い方でした。
O社の業績内容はまずまずの状態で、私は融資シェアを伸ばしたいと考えていた担当先の1社です。
ただし取引先が「借りてあげるから」と言っているからほいほい融資が出来るというものでは当然ありません。
融資資金を何に使うのかも明らかにせず、また「借りてやる」という社長の態度では、融資稟議書に何を書けば良いのか困ってしまいます。
資金要因を把握する
ところで会社の経営者が何の目的もなく借入を行うことはありません。
借入する必要性が必ずあるはずです。
このことを解明しない限り今回の融資を採り上げるのは難しいと考えられます。
この高飛車な社長から借入の必要性を聞き出すことが出来るかどうか私は正直不安でした。
資金要因を仮定してみる
私はO社の決算書を改めて分析しました。
私の他の担当先に比べて業績は順調です。
ただし過去からの推移を分析してみると売上・収益ともほぼ横ばいの状態でした。
その一方で借入金は最近事業用の不動産を購入し、その資金を銀行融資で調達していることから過去からのトレンドで見る限り増加しています。
借入金のほとんどは他行からのものですから、具体的な返済条件は私にはわかりません。
そこで私は借入期間を平均5年と仮定をし、1年あたりの返済額を算出してみました。
その返済額とキャッシュフローを比較したところ、O社の借入返済負担はキャッシュフローでは十分に賄うことは出来ず、理論上は1年に新たに1億円程度の借入をしないと正常な返済を続けることは難しいことがわかりました。
また他行の融資額を見てみると当行以外の金融機関はすべて億単位の融資残高となっています。
どれだけO社の業績が順調だとしても、融資残高は億単位に達していれば、それぞれの金融機関も簡単に大きな金額の融資は難しいはずです。
以上を踏まえて私はO社の社長が「借りてあげる」と言ってきた本当の理由をつぎのように仮定してみました。
融資の真の理由
・借入金の返済負担が重い
・このまま返済を続ければ手元資金が不安になる
・主要な銀行からはもう簡単には融資は受けられない
・他の調達先から早期に借入可能な目途をつけたい
社長が「借りてやる」といった真の理由
私はこの仮定をもとにO社の社長との面談を行いました。
O社の最新の借入状況を伺ったあとに率直に返済のための新たな借入が必要ではないかということを質問してみました。
日頃の社長の態度から私は少し身構える気持ちになったのですが、意外にも社長は素直に返済のための新たな借入の必要性を認められました。
そして年間の借入必要額は私の想像を少し上回る水準でした。
O社の社長が突っ張った対応を続けるのであれば、私は今回のお申し出を断ったかもしれません。
ところが社長は素直に借入の必要性を認められました。
日頃の社長の対応から考えれば、おそらく素直に認めることには相当な抵抗があったものと私には感じられました。
この社長の素直な応対に私は「何とかしたい」という気持ちにかられ、どうやって融資稟議を組み立てるかを真剣に考えました。
決して前向きとは言えない融資には保全確保
今回私がやろうとしているO社宛の融資は理屈から言えば他行借入の返済凭れを当行が支援するものです。
他行借入の返済凭れはその金融機関が対応するのが筋であって、当行が対応を考える必要性はないのが理屈です。
O社の業績はまずまずの状態ですから、融資シェアの向上を目指して積極的に対応するという考え方も出来る一方で、業績が今後低下していけば、返済凭れはさらに増大するリスクがありますから、他行返済の凭れの面倒を見るなどとんでもないという考え方も一理あるのです。
今回の融資稟議を通すには、資金使途が使途だけにやはり保全が避けて通れないポイントです。
逆に保全をある程度固めることが出来れば、何とかなると私は考えていました。
ところが不動産は他行がすでに担保設定をしていて、担保余力を見出すことは出来ません。
今回の融資案件の金額は5,000万円です。
そして返済は期間5年の元金均等返済です。
つまり年間1,000万円の返済が進むことになります。
O社には他行に担保となっていない定期預金が数千万円ありましたから、私は具体的に2,000万円を当行に移していただき、かつその預金を正式担保としていただきたいことを社長に訴えました。
これに加えて毎月150万円ずつの積立定期預金の作成をお願いしました。
預金担保2,000万円を取得することで保全不足は3,000万円となります。
また毎月150万円の積立定期預金を作成すれば担保外とはいえ1年後には1,800万円の定期預金となります。
つまり1年後には融資残高は4,000万円(5,000万円―1年間の返済額1,000万円)となる一方で、預金担保2,000万円に積立定期預金1,800万円を加えれば3,800万円となります。
積立定期預金は広義の保全と考えることが出来ますから、1年後にはほぼ保全充足の状態となるのです。
O社の過去の業績推移などから誰もがO社は1年以内に破綻するなどは考えられない状況でした。
O社の社長には積立定期預金についてはまた新たな担保として活用することにより追加融資の可能性が高まることを説明し、理解を得ることが出来ました。
O社の財務状況が決して楽ではないことの私の指摘を素直に認めてくれた社長の態度と、1年後には実質的に保全不足が解消する組み立てにより今回の5,000万円の融資を実行することになりました。