運送業からの運転資金の融資申し込み事例をご紹介します。
事例を通して運送業に対する運転資金の融資についての銀行の考え方を説明します。
目次
運送業の概要
まずは今回の事例の対象である運送業の会社についてその概要をご案内します。
運送業であるA社は、首都圏にある一般貨物運送業者です。
近県にトラック基地兼物流センターを自社で保有し、荷主の需要に対応する体制を整えています。
業歴は40年以上を有しますが近年は景気低迷の影響から、荷主の運賃価格値下げ要請や新規運送業者の参入による競争激化で、年々利益率は低下しています。
一方で、定期的な車両の買い替えや、物流センター設置等の設備投資負担が重く、借入金も直近期では年商の70%弱と水準が高くなっています。
当行はA社の設立以来の主力金融機関であり融資シェアも高く、日頃から気になっていた運送業の取引先でしたが、やはり運転資金として5,000万円の申し出がありました。
運送業の財務面の特徴
運送業は運転資金の必要もさることながら、定期的に運送用車両の更新が必要であり設備投資負担が常に発生しています。
そのため運送業においては運転資金の確保とともに設備投資の資金の確保も求められる特徴があります。
手元資金で運転資金や設備投資の資金を充当出来れば良いのですが、すべての資金需要を手元資金で充当できる余地が乏しく銀行などからの借入金に依存する傾向があります。
そのため運送業は借入金負担が他の事業に比べて相対的に大きいという特徴があります。
運送業は運転資金の他に設備投資の資金も必要で資金需要が旺盛
運送業A社の現況把握
融資の申し出があった時、当行は圧倒的主力金融機関であり「これは支援しないとA社はもしかしたら破綻するかもしれない」というのが最初の直感でした。
ただ「主力金融機関だから」というのは確かに融資理由の1つにはなりますが、これだけでは銀行内の審査を通すことは出来ません。
銀行の融資業務でもっとも重要なことは「貸した金がきちんと返ってくる」ということです。
返済可能性があるということを検証し、説明する必要があるのです。
返済能力
運送業A社は現在の運転資金の借入の他に物流センターの設備投資の借入があり、すでに触れましたように年商の70%程度の借入金があります。
年商の70%程度の借入は明らかに借入過多の状態であり、借入金の返済負担は相当な水準になっています。
利益だけで返済できる水準をはるかに超えており、借入の返済のために新たな借入をしないと資金繰りが持たない体質となっています。
つまり運送業A社の返済能力は極めて乏しいということです。
運送業A社の返済能力
ここで運送業A社の返済能力について整理をします。
運送業A社の現況をまとめてみると、
運送業A社の現況
・荷主からの要請や競争激化により、運賃価格の低下を余儀なくされており、収益力が低している
・物流センター等の設備投資負担が重く、借入金残高の水準が高いこと
・長い業歴を有し、固定顧客を確保しているため、営業基盤は確立されていること
の4点に要約できます。
最後の4点めは良いとしてもその他の3点はいずれもA社にとってはマイナス面ばかりです。
さらに資金繰り状況を聴取してみると、経常収支(営業収入-営業支出)にほとんど余力はなく、月によっては経常赤字の資金繰り状況であることが判明しました。
借入金の返済は、資金の収支がプラスになってじめて可能となります。
手元に現預金があれば、それを取り崩すことにより返済は可能ですが、資金収支がマイナスの状態が続けば、いずれ手元資金も底をつき、返済が不可能となります。
つまり運送業A社の資金繰り状況は、
運送業A社の資金繰り状況
・手元資金の水準も低下してきており、このままで行けば2ヶ月後には手元資金が底をつき、資金繰りが破綻する状態
このままでは今回の運転資金申し込みに対して返済可能性があることを説明することは出来ません。
返済能力の改善
銀行の融資審査においてもっとも重要なことは返済能力がきちんとあることです。
返済能力がない、あるいは乏しいということでは融資の貸倒が懸念される状態でありとても融資に応じる状況ではありません。
返済可能性があることをどのようにして説明するか、ここが今回の融資でもっとも苦心した点です。
運送業A社の現況ではとても返済可能性があることを説明することは出来ないわけですから・・・。
着目した点は、長い業歴を有し固定顧客もあることから営業基盤は確立されているものの、一方で長い業歴ゆえに色々と無駄な面があるにちがいないこと、その無駄の見直しを行えば、収支の改善は可能ではないかという点です。
自助努力の必要性
収益が厳しい、資金繰りが苦しいといった状況の場合、銀行に運転資金などの融資相談を行う際には銀行は収益の改善や資金繰りの改善に向けてどのような自助努力を行っているのかを必ず気にします。
今回の運送業A社の場合においては収益の改善、資金繰りの改善に向けてA社自身がどのような努力を行っているのかの確認が必要となります。
銀行は融資先がどのように事業の改善に自助努力をしているかを注目している
運送業A社の社長との面談
そこでさっそく運送業A社の社長と面談し、無駄の排除を含めて経営改善につき話を伺いました。
幸いにもこちらが指摘するまでもなく、運送業A社の社長自身も長い事業歴の中でいろいろと無駄や弊害があること、頭の中では改善に向けた整理をしなければならないことを日頃から考えていたこと、などの話を伺うことが出来ました。
こちらからは主力金融機関としても、このままでは昔のように簡単には融資による資金繰り支援は困難になる可能性があること、そうならないためにもまずはA社自身の自助努力が必要であることを説明しました。
A社の社長から「そろそろ本格的に考えないといけない時期に来ているかもしれない」との認識を引き出すことができ、具体的に実現可能な改善計画の策定をお願いしました。
経営改善計画の提出
数日後、運送業A社の社長から経営改善計画書の提出があり、具体的な項目と数字の説明を受けました。
A社から提出を受けた経営改善計画書は決して実現不可能な内容ではなく、総じて改善可能性が見出せる内容でした。
経営改善計画において注意をしなければならないことは銀行向けということで決してバラ色の計画にはしないということです。
実現可能性がない、あるいは乏しいバラ色の経営改善計画の提出を受けても銀行はそのようなものは信用しません。
むしろ経営改善に向けた本気度を疑いたくなります。
保守的な確実性の高い経営改善計画の方が銀行は高い評価を行います。
実現可能性が低いバラ色の経営改善計画はむしろ銀行の評価を下げる
今回の運送業A社に対する運転資金の融資結論
今回の運送業A社に対する運転資金融資の結論はつぎのとおりです。
融資判断の結論
・そのため借入の返済能力は不十分
・ただし自主的に経営改善に向けた努力を行っており、その実現可能性は認められる
・当行は主力金融機関として簡単にA社をつぶすわけにはいかない
・今回の運転資金は希望通り融資を行い、3ヶ月毎の経営改善の実績を確認する
運送業の運転資金のまとめ
今回の事例を含めて運送業の運転資金についてまとめますと次のようになります。
まとめ
・そのため運送業は資金需要が旺盛であり、借入水準が高くなりがち
・借入負担が重いと既存の借入金の返済のために新たな借入が必要となる
・事業基盤やコスト削減の余地などを見極めながら運送業には運転資金融資の可否判断を行う